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ひたひたと迫る石油危機、リーマン、コロナのように休業手当が再び必要になるのか?(2026.5月号) | 社会保険労務士法人ラポール|なにわ式賃金研究所

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2026年1月~12月

ひたひたと迫る石油危機、リーマン、コロナのように休業手当が再び必要になるのか?(2026.5月号)

●ひたひたと迫る石油危機、リーマン、コロナのように休業手当が再び必要になるのか?(2026.5月号)


アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に端を発する石油危機が懸念されています。この原稿の執筆時点(4月22日)ではまだ過去のオイルショック時のようなパニックは生じておらず、レギュラーガソリン価格も1ℓ160円台をキープしており、スーパーなど市民生活における物資の欠乏は起きていません。政府もホルムズ海峡経由外の石油航路を開拓して、本年中は耐えられる備蓄を確保したと発表しています。補助金を出して石油価格を抑え平穏に日常生活を続けるようなメッセージであり、特段の節約要請も出していません。


しかし顧問先企業に伺うと、「確かに今現在は直ちに影響は出ていないが、今後の見通しは極めて不透明」とか、「このままでいくと6月頃には材料供給が止まる可能性がある」とか、また「代替石油を確保できても中東の油質と異なるため、今までと同じナフサは精製できない」など、様々なご意見をいただきます。
そして一部企業からは、「また休業を考えないといけないかも知れない」との懸念も出てきています。またとはかつてのリーマンショックやコロナのことを想起したものです。
ただこの執筆現在では、コロナ禍において講じられた「ゼロゼロ融資」「持続化給付金」「雇用調整助成金の緩和」などの救済策はまだ聞こえてきません。本当に物資が枯渇するような状況になってくると、それなりに救済策を出してくるものとは思いますが・・・・。


その第一候補に挙がるのが雇用を維持し、離職率を下げる効果を持つとされる雇用調整助成金ですが、これには以下のようなネガティブな指摘もあるところです。

「受給終了後に大きな離職が生じている」
「受給事業所の廃業が受給終了後に集中する」
「雇調金はいたずらに無駄な雇用を温存する」
「いわゆるゾンビ企業の延命に手を貸している」
「産業構造の転換を遅らせている」


ご存じのことと思いますが、雇用調整助成金とは企業が経済的不調に陥ったときに、労働者を直ちに解雇せず、企業活動が休止となっても休業手当を支払うことによって雇用を守り、回復後の生産活動に備える助成金です。
この休業手当とは、労働基準法第26条に以下のように定められています。これに違反する場合は30万円以下の罰金に処せられる刑罰法規でもあります。

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない」


一方で民法では第536条2項において以下のような条文があります。

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」

この場合の債権者は会社のことで、債務の履行ができないとはつまり休業のことであり、反対給付とは給料のことです。ごく簡単に言えば、従業員は休業時に会社に対して100%の給料を請求できるということなのです。
一見すると、労働者保護法である労基法の方が60%と低いため、労基法の方が労働者に不利のように思えますが、民法の「債権者の責めに帰すべき事由」とは、会社の故意、過失またはこれと同視すべきものであるのに対し、労基法の「使用者の責に帰すべき事由」とは会社の経営者として不可抗力を主張し得ないすべての事由を含むと考えられており、過失がなく防止が困難なものであっても、会社側の領域において生じたすべてを含む広い概念となっており、判例・学説共に共通の理解となっています。簡単に図示すると、以下の通りです。


■会社に責任のある休業(休業手当支払い義務あり)
・使用者の故意・過失による休業
・経営上の理由による休業
(不況、受注減少、資材・資金不足、設備の欠陥など)
※但し原料・資材等の不測であっても、会社の関与範囲外の原因(不可抗力)による場合には支払い義務は発生しない

■会社に責任のない休業(休業手当支払い義務なし)
・地震・台風など天災事変による休業
・ストライキによる休業
・法令順守のための休業
(感染症法や労働安全衛生法によって就業禁止とされている疾病罹患など)

これから発生するであろう石油危機時における休業において休業手当の支払いが必要になるかどうかのポイントは、上述した※印の部分、つまり「不可抗力」にあたるかどうかです。石油危機による原料不足は明らかに会社の故意・過失ではありませんから、不可抗力にあたるかどうかが重要になるのです。


ここでいう「不可抗力」とは、次の二要件を満たす必要があります。

第一要件 会社の外部より発生した事故であること
第二要件 会社が通常の経営努力をしてもなお避けることのできない事故であること

第一要件を少し詳しく申しますと、会社の監督や干渉の範囲における人的・物的のすべてのモノが会社内部に含まれると解されており、第二要件は会社として休業を回避する具体的努力を最大限尽くしたかどうかと解されています。例えば在宅勤務とか他に就業可能な業務があるにもかかわらず、休業していないかなどが考慮されます。

一般論として資材・原料不足による休業は、会社営業圏内の事故であり、原則として休業手当が必要とされており、学説において「生産に必要な資材または動力は使用者が常に調達しておくべきであり、資材または動力の不足による不利益な結果を労働者に転嫁することは許されない」との見解もあり、行政通達においても休業手当の支払い義務のある例として「親工場の経営難から下請工場が資材、資金の獲得ができず休業した場合」が挙げられています。

その一方で労基法に権威のある解説書において、休業手当の支払いが不要になるケースとして「その他原料、資材等の不足であっても、いわば一般的原因(事業主の関与範囲外のもの)に基づく場合においては、例外として事業の外に起因するものとして解するのが相当であり、原則として使用者の責めに帰すべき事由による休業に該当しない」との記載があり、これが上述の※印のことを言っています。


しからば、仮にイラン戦争の影響で石油の輸入自体が滞り、それを原因として事業活動を休止せざるを得なくなった場合、「会社の関与範囲外の原因(不可抗力)によるもの」との理解も不可能ではなく、そうであれば休業手当の支払いは不要との結論もないわけではありません。石油の確保は一企業の責任の範囲外であり、常に安定的に調達できるようにしておく責任が企業外部の国にあると考えられるからです。


かつてのリーマンショック時やコロナ禍においては、事業活動の停止につき休業手当が支払われていました。特にコロナは外的要因であることは明らかであったにもかかわらずです。しかしこれらの時は雇用調整助成金の支給要件が大幅に緩和され、休業手当を支払うことを後押しする保護政策がとられました。それによって外的要因であったとしても、あたかも当たり前に休業手当を支給できたのです。

今回の石油危機において雇用調整助成金の緩和政策がとられなかった場合、果たして企業は休業手当を支払う余力があるのか懸念されます。仮に法的に休業手当の支給義務が発生しないとしても、従業員を引き留めるため、支払わない選択肢は現実的にとれません。


一刻も早く停戦し、中東と同質の石油が安定的に確保できる状況が維持されることを切望しますが、そうならなかった場合には非常に厳しい経営判断を迫られることになりそうです。

(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

 

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